東京高等裁判所 昭和29年(う)1293号 判決
被告人 松田儀一
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意について。
よつて按ずるに昭和二十八年十二月二十八日附東京地方検察庁検察官検事八巻正雄の被告人に対する起訴状には訴因として原判示第一の一に対応する強盗の事実を掲げながら罰条として刑法第二百四十六条第一項を記載していること並びに原審は右起訴状記載の罰条の変更等を命じないまま審理を終結し右起訴状記載の事実を認定しこれに対し刑法第二百三十六条第一項第六十条を適用処断していることはまことに論旨の指摘するとおりである。しかし刑事訴訟法第二百五十六条に明記されているとおり、起訴状に記載すべき罪名は適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならないことは固よりであるが、罰条の記載の誤は被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞のない限り公訴提起の効力に影響を及ぼすものではないのである。そして本件起訴状の訴因及び罪名の各記載に徴せば右罰条は刑法第二百三十六条第一項と記載すべきところを同法第二百四十六条第一項と誤記したものであることは明白であるところ、かくの如き罰条の記載の誤が被告人の防禦に実質的な不利益をもたらすかどうかを考えてみるのに本件においては訴因自体何人にも疑問の余地のない強盗の事実が記載されており罪名もまた強盗と記載されておるのであるから罰条が刑法第二百四十六条第一項となつているからとて公訴事実あるいは訴因の特定になんらの影響を及ぼすものではなく、また被告人をして訴因の解釈を誤らせ防禦に実質的な不利益を及ぼすような虞はすこしも認められない。なおかくの如き公訴提起の効力に影響を及ぼさない程度の罰条の記載の誤の場合には裁判所は刑事訴訟法第三百十二条所定の罰条の変更訂正等を経ることなく直ちに正当な法律を適用して有罪の判決をすることはなんら訴訟手続の法令違反とは認められない。
論旨引用の判決はいずれも罰条の記載の誤が訴因の解釈を誤らせひいては被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞のある事案であつて本件とはその事情を異にしているのであるから本件には適切ではない。従つて原判決には所論の如き訴訟手続の法令違反もなく、また審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法もないから論旨は理由がない。